lick one's lips

*valentine企画短編


街中でたまたま、向かい側から見知った顔が歩いてきた。
向こうも此方に気が付いたのか、少し顔を上げて目線が合う。


「あ、イ…」


「狗って言うなっ!」


某世界最古のジャイアンによって広まった、不名誉極まりない渾名を言われる前に遮った。


「ちっげーし、イヌとか呼ばないしっ!」


失礼な!と、早足ですぐ側へ寄って来る 。
コイツの方がよっぽど仔犬のようだと思いながら、腕を組んで問い詰める。


「じゃあ何だ、今何て言おうとした?」

「え、“い”ケメンじゃない方のランサー。」

「よし分かった、そこへなおれ。」

「冗談だよジョーダン」


頭を軽く小突いてやれば、悪びれる事なく笑って俺の腕にじゃれついてくる。

ふと、何か思い出した様に はパッと腕から離れ、おもむろに自分の鞄から小さな包みを取り出した。


「はい、コレ」


それを片手で俺の目の前に差し出した。


「何だ、こりゃあ…?」


差し出された包みを受け取ると、綺麗に包装され、赤いリボンと金色のシールで装飾されている。

(あぁ、そうか今日は…)

中身に大方の予想がついた所で、 が両手で腰を押さえて満足そうに答える。



「モチロン、義理チョコッスよ義理チョコ。」

「何で二回言うんだよ…」

「いや、大事な事なので…」

「とか言って、本命じゃあねぇのか?」


包みを片手でヒラヒラと振ってみせながら問い掛ければ、 は「ムッ」と頬を膨らませた。
軽く赤らんだ顔を横に向け、吐き捨てる様に小さく呟く。


「…じゃあ、開けてみなさいよっ」



その何とも子供っぽい仕草に、口元が緩むのを必死に抑え…言われるままリボンを片手で紐解き包装紙を丁寧に開けてみる。

すると…



「……おい、お前…こいつぁ…」



中から出て来たものは、想像していた物と多少違っていた。

ハート型の板チョコに、ホワイトチョコで『感謝』と綺麗に書かれた、明らかに市販のチョコレート。



「税込み105円っ!!!」


親指を立てて満面の笑みを浮かべる 。


「………」


あまりに無垢な笑顔と、若干の期待を粉々に粉砕された衝撃に、思わず言葉を失った。

そんな事はお構い無しに、 は腹を抱えて息も絶え絶えに笑っている。


「だから義理だっつってんじゃん!」


その言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かがプツリと音を立てて千切れた。
ただ、衝動的に体と口が動く。

「だったら…」

ケタケタ笑う の肩を抱き寄せて、唇のすぐわきに口付けた。


「…んなっ!!!」


笑う事に夢中だった は、抵抗する余裕もなく、ただ驚きに目を白黒させるだけだった。


「甘いモンはこっちでチャラにしてやる」


態とらしく低く囁き、目の前で舌なめずりをしてやった。
その途端、真っ赤になった が片手を振り上げて迫って来たが、難無く身を翻して避ける。

そのまま擦れ違い様にバランスを崩して前のめりになる を横目に、自分は悠々とチョコを片手に歩みを進める。


「それじゃ、有り難く貰っとくぜー?」


そう肩口に告げてやれば、 の怒声が少し離れた所から返ってくる。



「ば、ばかいぬーーーっ!!!」



おあずけくらったまんまじゃ、急に噛み付かれても文句は言えないだろう?






The dog licks one's lips by using a good meal.

―――犬は御馳走を前に舌なめずりをする。

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